21歳元自衛官が富山交番を襲撃、永山則夫連続射殺事件を彷彿

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奪った拳銃で殺人

元陸上自衛隊の男

元陸上自衛隊の男が富山市で警察官を刺し殺し、奪った拳銃で小学校の警備員に発砲して死亡させた。男は駆け付けた警察官に撃たれ、逮捕後に病院に救急輸送されたが、重体のもよう。

殺人未遂で21歳の男を逮捕  

富山市の交番で警部補が男にナタのようなもので刺され、拳銃を奪われた。男は近くの市立奥田小学校に向かい、小学校の警備員に発砲。警備員は左肩などを撃たれて救急搬送された。警部補と警備員は搬送先の病院で死亡が確認された。男は駆け付けた警官に左腹部を撃たれた。

陸上自衛隊を退職 

殺人未遂などの容疑で現行犯逮捕されたのは、富山県内に住む職業不詳、島津慧大(けいた)容疑者(21)。2015年3月に陸上自衛隊に入隊。金沢駐屯地で勤務し、2017年3月に退職していた。

永山則夫連続射殺事件

19歳の少年、永山則夫 

警官を襲って拳銃を奪い、まったく面識のない者を射殺した今回の事件は、昭和43年(1968年)の永山則夫連続射殺事件を彷彿させる。

拳銃で4人を殺害

19歳の少年、永山則夫が横須賀のアメリカ海軍施設に侵入して拳銃を盗み、1968年10月から11月にかけて、ガードマンやタクシー運転手ら4人を拳銃で殺害。翌年の69年4月に逮捕された。

1979年に死刑判決 

10年に及ぶ裁判で、1979年に死刑判決を受ける。永山は極貧の家庭で出生し、両親から育児を放棄され、自尊感情を形成できず、文字を読む能力もなかった。

1971年に「無知の涙」を発表 

だが、獄中に独学で識字能力を獲得し、文筆活動を始めた。1971年に「無知の涙」を発表し、多くの文学作品を残した。1983年には小説「木橋」で、第19回新日本文学賞を受賞した。

1997年8月1日に死刑執行 

獄中結婚し、社会への復帰を願っていたが、1997年8月1日に死刑が執行(没年48歳)。親族は遺骨の引き取りを拒否したため、国選弁護人が引き取った。遺骨は本人の遺志でオホーツク海の海に散骨された。

貧困と無知 

永山は裁判で、貧困と無知が犯罪を起こさせた、と述べた。だが、今も東南アジアやアフリカでは栄養事情が悪く、病気になって死んでゆく子どもが大勢いる。文字も書くことも学校に行くこともできない。

2018年の現在。ピノコも、母親も、いつもほとんど白飯しか食べていない。バンコクに行けばゴーゴーバーの路上で、4、5歳の子どもが夜中の2時に物乞いをしている。

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