<イルカの小川のカルモヂイン>を探して 谷山浩子の歌『窓』

<イルカの小川のカルモヂイン>を探して

谷山浩子の歌『窓』


教室の窓から見る秋は
いつも不思議に光ってた
北向きの窓のすリガラス
ギリシャの海も見えた……

学生のころ、図書館で不思議な輝きを持つ美少女に出会った。

私は今でも旅先で、その美少女に出会う。

不思議なことに、少しも年を取らない。

不思議な美しさを保ったままだ。

谷山浩子の歌『窓』は、4枚目のシングルとして、1977年(昭和52年)10月10日にリリースされた。

2番目の歌詞が自殺をイメージさせる睡眠薬のカルモチンに似ているとの理由で変更となったが、ファンの間では「初期バージョンの歌詞<イルカの小川のカルモジイン>の方が、谷山浩子の世界観がよく感じられるので好きだ」という人が多い。

初期バージョンの2番目の歌詞では、

授業をひとりでぬけ出して

屋上の上から街を見た

イルカの小川のカルモヂイン

空の彼方に見えた……

これが、変更後には、以下のようになる。

授業をひとりでぬけ出して 

空き部屋の窓から空を見た

幾億年もの時の彼方

空翔ける船を見た……

ファンの間でも、<イルカの小川のカルモヂイン>という歌詞の意味が分からない、という人が多い。変更後の部分を見てみると、<イルカの小川のカルモヂイン>は、<幾億年もの時の彼方>の部分に相当していることが判る。

この部分の歌詞は、西脇順三郎の詩『太陽』による影響が強いとされている。

太陽


          西脇順三郎

カルモヂインの田舎は大理石の産地で
其処で私は夏をすごしたことがあった。
ヒバリもゐないし 蛇も出ない。
ただ青いスモヽの藪から太陽が出て
またスモヽの藪へ沈む。
少年は小川でドルフィンを捉へて笑つた。

「カルモヂイン」というのは、西脇順三郎が作った造語で、イタリアの都市、カッラーラ(イタリア語: Carrara)に由来している。

カッラーラは、大理石の生産地として知られ、特にカッラーラ・ビアンコ』と呼ばれる白大理石が有名だ。ミケランジェロのダビデ像などに使われた。

人間の力強さや美しさを象徴する、ルネサンス期の傑作、ダビデ像は、1504年に制作された。現在は、フィレンツェのアカデミア美術館に収蔵されている。

西脇順三郎は、イタリアの旅で、ダビデ像に使った石切り場を訪れた。「カッラーラ」の音の響きから、睡眠薬の「カルモチン」をイメージし、「カルモヂイン」を造語したとされている。

真っ青に輝く海、断崖絶壁に広がる白壁の街並み。青い海、光る太陽に代表されるようなギリシャの街並みがイメージされる地中海で、死を予感させる睡眠薬の「カルモチン」をイメージしたのはなぜか。

昭和5年3月9日。月光が美しい夜、詩人、金子みすゞ(本名テル)は、約400錠カルモチン(睡眠薬)を飲んで自殺した。

自殺する前に、桜餅を買い、娘とお風呂に入り、童謡をたくさん歌い、家族で楽しく過ごし、3通の遺書を残し、金子みすゞは死んだ。

芥川龍之介は、昭和2年に自殺した。睡眠薬自殺に使ったブロムワレリル尿素は、「カルモチン」の名で売られていた。芥川に憧れる、太宰治もカルモチンで二度自殺を試みているが、いずれも失敗している。

谷山浩子の歌『窓』がリリースされた昭和52年。昭和50~60年代にかけて、第2次睡眠薬自殺ブームというのがあり、20代の若者たちの多くが睡眠薬で自殺した。

谷山浩子の歌『窓』。西脇順三郎の詩『太陽』。どちらも不思議な透明感と、美しさを放つ詩であり、ギリシャの海を映し出す窓ガラスは、詩人の感覚をそのまま映した鏡だ。そして、あの美少女は、いつも窓ガラスの向こうで微笑んでいる。

イルカの小川のカルモヂイン><幾億年もの時の彼方>は、おそらく、「」であろう。